【雑談】なんで4ディアボロをやらないの?

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どうも。今年の仕事を終えてのんびり音楽で遊んでいるあらたです。
今年もおしまいということで今回はサーカスの現場での僕についてゆるく書かせてもらおうかと。
写真は僕です。ふざけた野郎です。
さて話は戻り、私は仕事をはじめてから4ディアボロをショーでしていません。4ディアボロってのはまぁ正直王道の凄技です。1年前に数回試したことはありますが即撤廃しました。ちなみに成功率は5回やって100%です。仮に失敗しても難しさが伝わって2回目で成功したら観客は盛り上がるでしょうね。
では、なぜやらないでしょうか。答えはシンプルに「自分じゃなくていいから」です。
仲間たちにもなんでやんないのとは言われますが、私は頑なに断ります。そして言うテンプレートがあります。
「高級キャビアがあるとしよう。でも和風創作パティシエで世界唯一のクオリティを認められてる人がそこにいたとしよう。君は彼にその高級キャビアを冷蔵庫から出してほしいかい。ショパンコンクールで第一位をとった人にポップ・ミュージックを弾いてほしいかい。別にそれは彼がやる必要はないよね。
ポップミュージックも上手く弾けるだろうしキャビアは美味しいだろう、そして観客は満足するかもしれない、でもわざわざお金を払って時間を費やしてまで来てくれる人にそんなことを堂々とできるような人にはなりたくないよ。」
一番売れているものが一番いいものだとしたらカップラーメンが一番いい食べ物になる。という言葉もありますが、そういうことです。カップラーメンは同僚には通じないので別の単語にしてます。
私自身4ディアボロはショーでできるクオリティを持っていますし練習も続けておりますが、自分の強みはどこかといえばそこではない。加速動作のない1ディアボロ。完全に体の一部と化したようとも称されるほどの、難しい技だろうがいともたやすく見える流れ。安定感をベースにした怒涛のコンボ技。これが自分なんだ。というかこうでなければ嘘になる。自分が自分でなくなる。消えてなくなって死ぬ。というかそもそもいなかったことになる。そしてそんなやつを観たくもない。
長い時間を費やしていろいろな体験を経て、歳を重ねて、出会ってきた人がいて自分自身がいる。できあがった自分がいる。それに嘘をつく。そんなことに耐えられるのは生きた人間とは思えない。僕からすれば死んでいたのと同義。
「生きる」とはそういうことだと常日頃思っています。
しかし世の中、私のいるパフォーマンスの業界にはそういう人も多い。自分で気づかない間にそうなっている。そして私はそこにかなり敏感に気づいてしまうというのもあります。みんな生きていこう。

Posted by pygmixmember